大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所金沢支部 昭和49年(う)33号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、富山区検察庁検察官検事大石治助作成の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用するが、その要旨は、原判決は「被告人は富山市役所に軽自動車税納税義務発生の申告をするにあたり、総排気量が五〇CCを超える原動機付自転車を総排気量五〇CCと偽つて公務員に虚偽の申告をし、その旨軽自動車税課税台帳(以下本件台帳という)に不実の記載をなさしめた」との公訴事実に対して、納税義務発生につき虚偽の申告をした点を地方税法違反と認定したが、公正証書原本不実記載の訴因については、本件台帳が刑法一五七条のいわゆる権利義務に関する公正証書に該らないとしてこれを排斥した。然しながら、右の権利義務に属する公正証書とは公務員がその職務上作成する文書で権利義務に関するある事実を証明する効力を有するものをいい、然もその事実は権利義務の得喪変更に関する事実それ自体だけでなく、公私法上の権利義務の基礎事実を公証する事実を含むと解するのが相当であるから、当該車両の納税義務者、納税義務の内容を公証するほか、その所有者の変更、車両の廃棄など公私法上の権利義務の基礎事実を公証する本件台帳は、公正証書に該当するものというべく、原判決はこの点に関し刑法一五七条一項の解釈適用用を誤つたものである、というのである。

よつて、案ずるに、刑法一五七条一項にいう「権利義務ニ関スル公正証書」とは公務員が職務上作成する文書であつて権利義務に関するある事実を証明する効力を有する文書をいいかつ右権利義務については私法上のそれのみならず公法上のそれをも含むと解されること所論のとおりである。然しながら公文書の内容が権利義務に関する事実を含むからといつて、そのことの故にこのような公文書が直ちに右公正証書に該当するものとすべきではなく、右公文書のうち特に高い証明力を有するものに限つてこれに該当すると解するのを相当とする。けだし、およそ公務員が職務上作成する文書にして権利義務と無関係に作成されるものは殆んど存在しないと考えられ、これらが全て刑法一五七条一項にいう公正証書に該当するならば、その範囲が不当に拡張されることとなるというべきだからである。

そこで本件台帳が右公正証書に該当するかに否かにつき審究するに、本件台帳には「車名・型式・車体番号、総排気量」「申告人の住所・氏名」「税額」等の記載事項が見られ、これらの事項は納税義務者、税額、納税義務の存在という公法上の義務に関する事実並びに当該車両の所有者に関する事実すなわち私法上の権利義務に関する事実をそれぞれ含んでいるものということができるが、本件台帳はそもそも当該市町村における原動機付自転車等の所有者を把握して納税義務者、納税義務の内容等を把握し、もつて徴税事務の便宜に資することをその作成目的としていることが明らかであり、当該車両の所有者に関する事実をその内容に含むといつても、それは所有者が申告すべきこととなつていることの当然の結果にすぎず、その所有権の解属は動産と同様に売買等の取引等に伴い、民法の規定によつて決せられるもので、本件台帳の記載とは全く関連を持たないものであり、然も本件台帳については登記簿、戸籍簿に顕した証明力を付与した旨の規定は特に設けられては居らず、その内容の公開更には台帳における納税義務者、納税義務の内容等の記載につき第三者に対し証明書を交付する等の手続も制度上予定されてはいないのであるから、これを要するに本件台帳はたかい証明力を有するものとは考えられないのであつて、従つて本件公文書は刑法一五七条一項にいう公正証書に該当するものではないというべきである。このことはまた立法政策上公文書が刑法一五七条一項にいう公正証書に該当すると解される場合虚偽申請についての処罰規定を欠いていることに対比し、本件台帳の関係においては地方税法に虚偽申請の処罰規定が設けられていることからしてもそうだといわなければならない。(ちなみに虚偽の申請がなされることにより、右台帳の機能に如何なる影響を及ぼすかという点からみても、前説示のところから明らかなように、結局それは当該地方公共団体において正当な徴税活動をなすことが妨げられるということに帰着するのであるから、右の如きは地方税法の処罰規定により処罰するのがむしろ当然の事態であると考えられる。)

してみると、これと同一の結論にでた原判決には刑法一五七条一項の解釈適用の誤りは認められない。

よつて本件控訴はその理由がないから、刑事訴訟法三九六条に則りこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(沢田哲夫 上野精 小島裕史)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例